山科観光PR動画「おこしやす京都山科へ~秋の紅葉編~」を公開(京都山科)

京都市山科区は、JR京都駅からひと駅5分、大阪駅からは新快速で35分と各都心部への抜群のアクセスを誇りながらも、平安京より古い1400年を超える歴史と豊かな自然を感じることができるエリアです。この度、特定非営利活動法人おこしやす“やましな”協議会では、観光客誘客のため、普段は見ることができない角度から山科の紅葉スポットをドローンで上空から撮影した動画を作成しYouTubeにて公開いたしました。動画におさめられている寺院は、山科疏水沿いに佇む毘沙門堂、安祥寺、本圀寺、小野小町ゆかりの隨心院、藤原氏ゆかりの勧修寺です。今年の秋は、まちなかの喧騒を離れて、とっておきの紅葉めぐりができる山科へ、ぜひお越しください。

【おこしやす“やましな”協議会】
京都・山科の観光情報やまちの魅力を発信し、観光客を誘致するための事業を行い、山科の賑わいと活気を創出し、産業、商業、地域コミュニティの発展をはじめとするまちづくりに寄与することを目的に平成18年に設立したNPO法人で、山科経済同友会に加入している企業、寺社を主な構成員とする団体です。

「おこしやす京都山科へ~秋の紅葉編~」動画

■動画内容:隨心院、勧修寺、毘沙門堂、安祥寺、本圀寺の紅葉
※ドローンで撮影した、普段は見ることができない角度からの紅葉風景をご覧いただけます。

○隨心院(ずいしんいん)
真言宗善通寺派の大本山。お寺のある地域は、かつて「小野郷」と呼ばれ、小野氏とゆかりの深い場所で、“絶世の美女”、“世界三大美人”とも称される「小野小町」の屋敷跡と伝えられています。境内には小野小町が顔を洗ったという「小町化粧井戸」や、貴族から届いた恋文を埋めたとされる「小町文塚」など小町にまつわる史跡が残っています。
○勧修寺(かじゅうじ)
真言宗山階派の大本山。醍醐天皇が母である藤原胤子の菩提を弔うために創建。皇室と藤原氏にゆかりの深い寺院で厚い庇護を受けて栄えましたが、たび重なる戦火で衰退し、江戸時代に徳川氏と皇室の援助により復興されてからは法親王が暮らす門跡寺院となりました。宸殿や書院はこの時、明正天皇の旧殿を賜ったものです。
○毘沙門堂(びしゃもんどう)
天台宗五箇室門跡のひとつ。大宝三年(703年)文武天皇の勅願によって創建。寺名は七福神のひとつ毘沙門天を祀ることに由来しています。当初は出雲路(現在の上京区)にあり、護法山出雲寺と称しましたが、たび重なる戦乱のなか、寛文五年(1665年)に山科に再建。後西天皇の皇子公弁法親王が入寺し門跡寺院となりました。ご本尊の毘沙門天は伝教大師のご自作、延暦寺根本中堂のご本尊薬師如来の余材で刻まれたと伝えられています。
○安祥寺(あんしょうじ)
山号を吉祥山、院号を宝塔院とよび弘法大師を宗祖として尊信し、その教義を弘め、衆生済度の聖業に精進する高野山真言宗に属する寺院。山科疏水沿いにひっそりと佇み普段は非公開。平安京遷都から約50年後の嘉祥元年(848年)、藤原順子皇太后により建立発願、弘法大師の孫弟子にあたる恵運僧都が創建した由緒ある古刹で、江戸時代に再建された堂宇が今に伝わります。
※春・秋に特別公開あり
○本圀寺(ほんこくじ)
本圀寺は、日蓮(法華)宗総大五山の初発唯一の寺、大本山(霊跡寺院)。建長五年(1253年)に高祖日蓮大聖人が鎌倉松葉ヶ谷に構え22ヵ年住まわれた御小庵の法華堂を前身とし、鎌倉から六条堀川楊梅の地に移遷し、昭和44年(1969年)に山科の地に移転しました。元は本国寺と書きましたが、徳川光圀の帰依を得て本圀寺の表記になりました。山梨県にある身延山久遠寺が「東の祖山」とされるのに対し、「西の祖山」とも称されています。

■公開場所:以下のサイトで公開
・YouTubeチャンネル「おこしやす京都山科へ」
https://www.youtube.com/watch?v=0K6XaqlYcV8
・おこしやす“やましな”協議会ホームページ
http://www.okoshiyasu-yamashina.jp/
★山科の紅葉スポット情報は下記のページにて詳しく紹介しています
https://totteoki.kyoto.travel/25978/

スポット情報

エリア名山科
スポット名山科一帯
お問い合わせ075-592-3066(山科区役所地域力推進室)
URLhttp://www.okoshiyasu-yamashina.jp

(掲載日:2023年9月1日 情報提供:山科区役所地域力推進室