勝龍寺~龍神に勝った最強パワーの寺院(長岡京市)

龍神に勝利する最強パワースポット

勝龍寺(しょうりゅううじ)は山号を恵解山(えげさん)と言い、真言三宝宗(しんごんさんぽうしゅう)の寺院()。平安時代の大同元年(806年)、弘法大師 空海により創建されたと伝えられています。
元の寺号は、唐の都・長安で恵果和尚から真言密教を学んだ寺院の名をとり「青龍寺」でしたが、応和2年(962年)に大干ばつ・大飢饉が起きた時、天皇は住職の千観上人に7日間の祈祷を命じました。
すると、にわかに雨が降り出し「龍神を呼び、龍神に勝った。」という意味で、青龍寺から「勝龍寺」に改名しました。
嵯峨天皇のころ、勅願によって観音堂をはじめとした九十九坊が建てられ、隆盛を極めました。
近くには寺名が由来の明智光秀が最期の夜を過ごした城「勝龍寺城」があります。

清荒神清澄寺を本山とする真言宗十八本山の寺院。平安時代の寛平8年(896年)に宇多天皇の勅願寺として創建。ご本尊である大日如来様の守護神として三宝荒神様が祀られており、火の神・台所の神として広く信仰を集めています。

西の空に向かう昇り龍のしめ縄

本堂の正面には、立派な龍に勝の文字の扁額、見ているだけでパワーをいただでそうです。
扁額の前には「注連縄(しめなわ)」が張られています。このしめ縄は寺号の「勝龍寺」に相応しく、西の空に向う龍を見立てたてたもので、下から見上げると“昇り龍”が如くの様。
このしめ縄は、毎年1月の第2日曜日の毘沙門天の縁日に檀家の方々により作られています。
扁額の龍に勝の文字を見るだけでパワーをいただでそうです。
御本尊は鎌倉時代につくられた十一面観音で、国の重要文化財に指定されています。普段は京都国立博物館に寄託されており、8月18日の観音大祭、11月第2日曜日に行われる長岡京ガラシャ祭の日のみ特別に御開帳されます。

清瀧権現~真言密教の守護~

真言密教の守護「清瀧権現」をお祀りする祠の前にある手水鉢の吐水龍は青龍をイメージして作られていると思われます。
清瀧権現(せいりゅうごんげん/せいりょうごんげん)とは、仏法を守護する八大龍王の一尊で沙羯羅王(しゃがらおう)の王女の善女龍王(ぜんにょりゅうおう)。
密教を守護していた中国・青龍寺に飛来し同寺の守護神「清龍」となり密教を護ってました。後年、遣唐使として入唐した弘法大師 空海が、青龍寺で恵果和尚より真言密教を学び帰国の際、清龍権現は空海の船を守護しながら日本へと飛来。
その際、海を渡ったので龍の字に“さんずい”を加え「清瀧権現」と敬称するようになったと伝えられています。

授与品や絵馬も「龍」尽くめ

御守りは寺号をもじった「昇(勝)龍御守」。勝負に勝つ、病気に勝、試験に勝つ、勝運を呼び込む御守りです。
御朱印には蓮の花を持った可愛い龍のイラストを模った朱印が押印されています。
竹しおりにも御朱印と同じく、蓮の花を持った可愛い龍のイラストが描かれています。風雨を蓮の花を傘代わりに凌いでいるような感じです。竹しおりは大人気で、残数僅かとなっています。再入荷の予定は無いそうなので、授与いただきたいかたは急いで参拝ください。
祈願絵馬のデザインもモチロン龍です。

修行大師像とぼけ封じ観世音像

修行大師像は、真言宗の開祖 弘法大師が全国を行脚したお姿です。お参りする足元には、先代住職淨運和尚が四国八十八ヶ所を回りいただいたお砂が入っています。
勝龍寺は、ぼけ封じ近畿十楽観音霊場の第三霊場となっています。​生きる喜び、生かされる生命に感謝し、健康で楽しい日々が暮らせるよう、十ヶ寺の霊場寺院の観音様にお参りしましょう。

春日神社​~勝竜寺地区の氏神様~

神仏習合の名残りで境内に春日神社をお祀りしています。
春日神社は勝竜寺地区の氏神で、祭神は天津児屋根尊(あまつこやねのみこと)、姫大神(ひめおおかみ)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、斎主命(いわいぬしのみこと)です。勝龍寺に隣接する元禄13年(1700年)の 銘がある石鳥居をくぐると、覆屋を持つ一間社流造(いっけんしゃながれづくり)で柿(こけら)葺きの本殿があります。
明治初期の社伝によると、平安時代の承安4年(1174年)に関白九条兼実の建立。天正10年(1582年) の山崎合戦においてて焼失した後、慶長9年(1604年) に再建されたと伝えられています。
江戸時代には「春日大明神」とも呼ばれ、勝龍寺の子坊であった専勝坊(せんしょうぼう)と玉林坊(ぎょくりんぼう)により管理されていました。弘化2 年(1845年)頃には覆屋と本殿、瓦葺きの拝殿が再建され、このうち本殿のみが再建当時の姿を今に伝えています。
現在は、宮総代を中心に地元の方々が社を管理し、毎年5月2日の例祭や、年に2度のオセンド(お千度)など神事を行っています。

お寺でマルシェ「勝龍寺ほてい市」

勝龍寺境内にて、令和3年(2021年)4月から定期的にマルシェ「ほてい市」を開催。本山がある清荒神からやってきた、七福神の一尊「布袋尊」にちなんで名付けました。布袋さんのように、たくさんの人に愛されるマルシェを目指しています。
地球環境や人に優しいフードやグッズ、親子で楽しめるワークショップ、心と身体を癒してくれるブースやミニライブ、小さな演奏会など、老若男女三世代で楽しめるよう毎月テーマを変えて開催しています。
また、子どもから大人まで楽しみながら学び体験できる暮らしに役立つ講座や、アート、ダンスなどひとりひとりが持つたね(個性)を健やかに育んでいく講座「寺子屋いのちのたね」も開催しています。

勝竜寺城

勝龍寺が名の由来の「勝龍寺城」は、南北朝時代の暦応2年(1339年)、足利尊氏の命により細川頼春によって築城されました。 安土桃山時代の天正6年(1578年)、明智光秀の娘、玉(ガラシャ)が、細川忠興に嫁ぎ2年間過ごした城であり、
明智光秀が本能寺の変の後、山崎の合戦で敗れ最期の夜を過ごした城でもあります。
勝龍寺城跡は平成4年(1992年)に勝竜寺城公園として整備され「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。
また、毎年11月の第2日曜日には、玉の輿入れ行列の再現などによる「長岡京ガラシャ祭」がこの公園を中心に盛大に行われます。

スポット情報

エリア名長岡京
スポット名勝龍寺
所在地京都府長岡京市勝竜寺19-25
アクセスJR京都線長岡京駅より徒歩10分、JR京都線長岡京駅東口から阪急バス101系統(城の里循環)乗車、勝竜寺城公園前下車徒歩3分
拝観時間9:00~16:00
拝観料境内自由
TEL075-951-6906
URLhttps://www.shoryuji-temple.com/

(掲載日:2024年1月5日 情報提供:とっておきの京都プロジェクト事務局