僧侶がご案内する 三千院 時間外特別拝観

山里の静寂、早朝の清冽、
門跡寺院の閑雅
三千院の“特別”を貸し切りで

京都市内から北へ向かう。御所あたりからなら約15㎞。かつて鯖街道と呼ばれた若狭街道を行くと、やがてのどかな山里の風景が広がります。

三千院がある大原の里は、街道を往来する人々や、都の戦乱から逃れてきた人、現世の煩わしさを倦んで隠れ住んだ貴族や武士などを迎え入れ、癒した、そんな歴史を秘めています。

のどかな山里は、静かな隠れ里でもあったのでしょう。

そして三千院も、美しい庭園と、古色ゆかしい伽藍や仏像を、静寂かつ荘厳な雰囲気のなかでゆっくり楽しみたいお寺。
人気エリアの人気寺院ではなかなか難しい、そんな楽しみ方を体験できるプランを見つけました。
午前9時の開門より1時間早く、特別に拝観できるプラン。しかも僧侶のご案内付きです。

少人数なので、まさに貸し切り。ほかに観光客などがいない、ほんとうの三千院の様子を独り占めする気分です。
市街の喧騒や人混みから離れ、早朝の三千院の、清冽で静寂、凜とした空気を感じに訪ねました。

まるで城門のような
「御殿門」からスタート

集合場所は、三千院の玄関口である「御殿門」の前。寺院の山門というより城郭、城門を思わせる高い石垣が印象的です。
自然石を使った石組みは、城郭の石積みで名高い石工集団・穴太衆(あのうしゅう)によるもの。頑強でいながら美しく、時を経ても崩れないそうです。

まだ開門前ですが、特別に門を開けていただき、中へ入ります。

毎日、最大15名限定で、4~5名ぐらいでの拝観が多いそう。特別な時間が始まるプレミアム感に、期待が高まります。

元三大師が変身した
角大師」の厄除け伝説

客殿へ向かう手前の中書院に、元三大師(がんざんだいし)が祀られています。そして角大師(つのだいし)の絵図。
この角大師は、元三大師が変身した姿だといいます。どういうことでしょうか・・・。

元三大師は平安時代の僧侶・良源上人で、第18代天台座主を務めた人。比叡山中興の祖ともいわれています。

当時、京の都では大変な疫病が流行っており、元三大師もその疫病にかかってしまったそうです。そこで自身でお経を唱えたところ、鏡に角が生えた鬼の姿が映し出されました。その姿を弟子に書き写させてお札とし、都の家々の玄関口に貼ったところ、疫病が収まったと伝えられています。

元三大師はこのように疫病を鎮めてくれましたが、自身を鬼の姿の投影させたことから、鬼の立場になって鎮めたともいえます。
鬼からすれば、元三大師は自分と同じ立場で、寄り添ってくれているというわけです。
鬼を懲らしめるのではなく、鬼の立場になって鎮めたのです。

また元三大師は「おみくじ」の創始者ともいわれているそう。ただし、元三大師のおみくじは、本当に迷ったときしか引いてはいけないもの。そして、おみくじに書かれていることには忠実に従わなければならないのだとか。
「そう教わったので、実は私はまだ、このおみくじを一度も引いたことがないのです。怖くて」。そう笑いながらお話しになっていました。

ちなみに「元三大師」という名前は、正月の3日に亡くなったことから、この呼び名で親しまれているのだそうです。

みどりを集めた庭「聚碧園」

客殿で、苔と緑が見事なお庭「聚碧園(しゅうへきえん)」についてご解説いただきました。

「聚碧園」は、客殿からの池泉鑑賞式庭園で、江戸時代の茶人、金森宗和の修築と伝えられています。その名のとおり、みどりを集めたお庭です。

「初めてこのお庭を見たとき、世の中にはこんなに緑色があるんだ、と、緑色の種類の多さにびっくりしました」。初めて自分の目で緑色の豊かさを確認することができたと思ったそうです。

ほんとうに緑の彩りが豊かです。同じ木の葉でも濃かったり淡かったり、また新緑の季節や梅雨の時期、紅葉前の初秋頃など、時期によっても色合いが異なり、庭園全体の表情も違うといいます。

作庭されたとき、植樹された木はまだ小さかったはずです。それが生長してこんなに大きくなっても庭全体の景色に違和感がありません。この変化に富んだ庭の光景が、見事に美しく調和しています。計算し尽くされているのでしょう。ほんとうに「すごい」の一言しかありません。

客殿も庭よりあとの時代につくられました。庭園がメインになるように、こうした間取りで建てられたのかもしれません。
ひとつひとつの柱をフレームに見立てて客殿から眺める“額縁庭園”。あくまでも庭が主役といえそうです。

庭についてのお話のあと、写真撮影の時間を設けてくださいました。ほかの参拝者がいない、早朝の貸し切りの時間。独り占め状態で庭を撮影できるなんて、これはめったにないチャンス。逃す手はありません。たっぷり、ゆっくり、撮影することができました。

寺名も場所も、
移転と変遷を重ねた歴史

「『三千院』という寺名は明治時代になってから付けられたということはご存知ですか?」。いきなりの質問です。いいえ、まったく知りませんでした。

もともと三千院は、延暦年間(782~806)に伝教大師最澄が比叡山の山中に小さな庵「円融坊」を結んだのが、そのはじまりとされています。

その後、比叡山東麓の坂本に移ったのを皮切りに、洛中や東山、洛北の紫野あたりなどに転々と居を移すことに。
円融坊が坂本に降りた地には加持に用いる井戸があり、そこから「加持井(梶井)寺」と呼ばれるようになります。

時は平安時代後期、白河上皇が権力をふるっていた時代。そんな上皇にも思いどおりにならないものが3つありました。三不如意。
1つは鴨川の水。水害です。
2つ目は賽の目。サイコロ、時の運です。
3つめが山法師。比叡山の僧侶たちです。

当時、比叡山の僧侶は社会的に影響力が大きい宗教団体を形づくっていました。宗教間の対立も大きかったようです。上皇への訴えも多かったことでしょう。

そこで、自分の息子である堀河天皇の次男を比叡山のお寺に入山させて皇室と比叡山の縁を結び、かかわりを深めました。それが円融坊=梶井寺で、このときから門跡寺院となったのです。

変遷の末に誕生した「三千院」

天皇家とゆかりができたことから御所近くに移りますが、応仁の乱により焼失。
大原には平安時代後期から、当地の寺院などを管轄するために梶井門跡の政所が置かれていました。応仁の乱ののちは、この大原の政所に移転。その後も変遷を重ねながら、歴史を刻んできたそうです。

「三千院」の名前が生まれたのは、明治時代初頭の廃仏毀釈がきっかけとなったそうです。神道を保護し、仏教の力を抑えるため、多くのお寺が弾圧されました。
梶井門跡も例に漏れず、京都市内にあった領地を没収された上、「梶井門跡」という名称も使えなくなってしまったのです。

悩んだ末に付けられたのが、「三千院」。梶井門跡の持仏堂に掲げられていた、霊元天皇の筆による勅額に彫られた「三千院」から取られました。
天台宗の教え「一念三千」に由来する言葉です。

以来三千院として、千年の歴史が、大原の地で継がれているそうです。

現世を生きる人々を導く
秘仏の本尊・薬師瑠璃光如来

大原は、仏教音楽(声明)発祥の地。
その声明による法要、宮中御懺法講(きゅうちゅうおせんぼうこう)を行うのが、宸殿です。
宸殿は、後白河法皇がはじめられた御懺法講を今に伝える道場であり、京都御所の紫宸殿を模して大正15年に建てられました。

ご本尊は、薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)。寺伝によれば、最澄がおつくりになられた仏像だといいます。
こちらは秘仏であり、奥の御厨子のなかに安置されています。
「秘仏であっても、何年に一度といった特別ご開帳などを行われるお寺は多いです。しかし三千院ではそうしたご開帳はなく、実は私も、まだ一度もお会いしたことがないのです」。

次にいつご開扉になるか分からないそう。その代わりに御前立ちの薬師如来像をお祀りされているのだそうです。

薬師瑠璃光如来は左手に薬壺を持っています。体や心の不調を訴えると、薬師如来はその人にあった薬を調合して授けてくれるそう。現世に生きる人々を導き、苦しみから救ってくれる仏様なのです。

「西の間」「東の間」で
“門跡”寺院の証しを知る

向かって左側の「西の間」は内仏といって、歴代ご住職の位牌を祀る部屋。初代の伝教大師最澄から数えて61体の位牌が祀られています。

真ん中に阿弥陀如来を安置し、右側の位牌には菊の御紋が見えます。門跡寺院なので、皇族出身のご住職の位牌はこちらに安置しているそう。

一方、本堂に向かって右側、「東の間」には、玉座が設えられています。これは門跡寺院ならではの光景です。

また右側の壁には小さく水草が、左側の襖には虹がのびやかに架かります。これは明治から昭和初期にかけて活躍した日本画家・下村観山の筆。
つまり私たちが立っている足元の畳が、実は池の水面を表しているのだそうです。

東から朝日が差して水面から水蒸気が立ち上り、虹が架かる。そんな景色の中にいると想像するのも楽しいものです。
この部屋は「虹の間」とも呼ばれています。

宸殿を拝観しているときに、朝のお勤め時間に当たりました。
開門前に行われるお勤めですから、早朝のこのプランでなければ出会えないもの。時間が許せば少しだけ参加することもできるそうです。

小さなお堂に極楽浄土を再現

普段は立ち入ることができない「往生極楽院」の中へ案内していただきます。

「往生極楽院」は三千院で最も古い建物で、国の重要文化財に指定されています。恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)が父母の菩提のために姉の安養尼(あんように)とともに、寛和2年(986)に建立したと伝えられています。

比叡山と大原は直線距離で約2㎞と近く、当初は修行道場だったとも伝わります。阿弥陀如来の周りを「南無阿弥陀仏」と唱えながらグルグルと回る、常行三昧(じょうぎょうざんまい)という修行を行うためのお堂です。

その頃ここに安置されていた阿弥陀さまは、小さな仏像だったのかもしれません。修行さえできればいいのですから。

その後、ゆえあって、小さなお堂に大きな「阿弥陀三尊像」(国宝)が来られました。三尊像のうち、勢至菩薩の体内に久安4年(1148)の墨書が発見されていることから、お堂の建立から160年以上を経ていることが分かります。

お堂に比べて大きな阿弥陀如来を収めるために、天井が舟底型にくりぬかれました。苦肉の策だったことがうかがわれます。

煤などで黒ずみ、肉眼では見えづらいものの、この天井には極楽浄土で舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれています。重要文化財収蔵施設「円融蔵」の展示室に復元されているので、必見です。

阿弥陀如来の背中を、
大和坐りの細部を間近で拝観する

通常であれば三尊像を手前からしか拝観することができないところ、今回は特別に内側へ入らせていただき、大きな仏様の周りをぐるりと回ります。

その前に、まずお焼香。そして塗香(ずこう)と洒水(しゃすい)で自分自身を清めてから、中へ進みます。

ここで行われていただろう「常行三昧」を体験。「南無阿弥陀仏」とゆっくり声に出して唱えながら進むと、不思議と気持ちが落ち着いてきました。

来迎印を結んだ中尊の阿弥陀如来は、高さ約2m。間近で見ると、その大きさに感嘆します。
なぜこんなに大きな仏様が?と尋ねたところ、「往生極楽院は極楽浄土の世界を再現したお堂です。極楽の世界にいらっしゃる阿弥陀さまは身長1丈6尺、約4m80cmとされます。座禅でお座りになった御姿なら、やはりこれぐらいの大きさなのではないでしょうか」。そう教えてくださいました。

脇侍の観世音菩薩と勢至菩薩は、少し前かがみに跪く「大和坐り」という珍しい姿。これは、往生者を今にもお迎えに行くために立ち上がろうとしている姿なのだそう。
ほんの少し腰を浮かせかけた様子を真横から見ることができます。

阿弥陀如来を斜め後ろから見ると、光背の真ん中がくりぬかれているのが見えました。これは、阿弥陀如来の胎内に大切なお経などを収めるためにくりぬいたのではないかといわれているのだとか。

ほかに参拝者のいない静かな時間、1000年以上の歴史をつないできたお堂の中は蝋燭の明かりに照らされて、おだやかながらも凜とした緊張感を感じました。

そろそろ開門されて通常の拝観がはじまる頃です。

静かな緊張感が心地よい
池泉回遊式庭園「有清園」

「往生極楽院」をあとにして、参拝に来られた方と少しずつすれ違うようになった庭園「有清園」を散策。

「宸殿」から「往生極楽院」へ広がる「有清園」は、まるで森のような杉木立の中に池や小川を配し、まさしく大海原のように広がる青苔の庭に清閑さが際立ちます。
おだやかな静けさとともに、ピンと張り詰めた心地よい緊張感を感じる庭園。

ここは漢詩「山水有声音」から命名された池泉回遊式庭園です。

「聚碧園」と「有清園」、異なる表情をもちながら、どちらも市中では味わえない静かさに満ちた緑の豊かさを教えてくれます。

「有清園」を南へ歩くと、弁天池の畔に何体もの小さなかわいらしいお地蔵さまに出会いました。苔の海原で、自分自身も苔むしながらまるで遊んでいるようなその姿は、見ている私たちの心も楽しくしてくれます。
「わらべ地蔵」と名付けられたお地蔵さまは、石彫刻家の杉村孝氏の作品だそう。

三千院ならではの音の世界を旅する
「SOUND TRIP」

客殿に戻り、最初に受付でいただいたカードからアクセスコードをスマホに読み込みます。

スマホで再生されるのは、極楽浄土への願いと未来への祈りをテーマに、アーティストYoshi Horikawaが創ったオリジナル曲「Shomyo」。
声明のお唱えをメインに、大原の里に棲む鳥たちの声や、川のせせらぎの音、そして代々の僧侶たちが声明の稽古をしたという「音無の滝」などの音をミックスしたもの。

客殿に座り、目の前に広がる「聚碧園」を眺めながら、耳を傾けていると、風や光、緑の彩りまでが音楽と融け合っていくような気配を感じます。まるで風景そのものが音楽を奏でているような。

そう、それはまさにSOUND TRIP。音の旅。
アクセスコードを持ち帰れば、いつでもどこでも聴くことができます。


三千院の境内で楽しんだ旅体験と音体験は、御朱印とともにお土産として持って帰ります。

スポット情報

エリア名大原
場所三千院門跡
所在地京都府京都市左京区大原来迎院町540
アクセス京都駅→(地下鉄烏丸線/約20分)→国際会館駅→〈乗換〉→国際会館駅前→(京都バス/約20分)→終点大原バス停下車 徒歩約10分
特別拝観期間2020年10月1日(木)~2021年3月31日(水)の限定日
拝観時間8:00~9:30
(各日15名限定)
※所要時間:約90分
料金おとな・こども共 おひとり様 5,000円
※当日、受付時に現金でお支払いください。
TEL075-744-2531
(三千院門跡)

(掲載日:2020年11月16日 取材:とっておきの京都プロジェクト

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