京都「千年の心得」歴史ある京の町家で春を愛でる 杉本家住宅の「雛かざり展」

昔ながらの暮らしの息づかいに
触れる 京の町家の雛飾り

京都市の四条烏丸あたりといえば、びっしりとビルが建ち並ぶビジネス街で京都の中心地。まさしく現代の都市空間という界隈でありながら、じつは祇園祭の中心エリアであったり古くからの町家が点在していたり、京都の歴史や空気感を今に伝える場所でもあります。

そんな四条烏丸のほど近くにある京町家・杉本家住宅(国指定重要文化財)では毎年、3月3日の上巳(じょうし)の節句に合わせて数々の雛人形が飾られます。
京都を代表する町家として知られる杉本家住宅で、杉本家伝来の雛人形を鑑賞できることを知り、さっそく予約しました。

コロナ禍での開催ということで、最大20名の定員、30分ごとの入れ替え制。当日混み合っていなければ、予約なしでもお入りいただけるとのこと。3つの密を避けてゆっくりと、昔のままのしつらえと、そこに飾られたお雛さまを楽しめるこの催しは、前期・後期に分けて人形の展示替えがされます。今回は前期の展示を観に出掛けました。

築150年を経る京町家、杉本家住宅

杉本家はかつて、「奈良屋」という屋号をもつ呉服商でした。その創業は古く、江戸時代中頃の1743(寛保3)年で、280年に近づこうという旧家です。

現在の建物は、幕末の禁門の変による大火で焼失後、1870(明治3)年に再建されたもの。
通りから眺める外観は、京格子に出格子、大戸、犬矢来、土塗りのむしこ窓など、すべてが昔ながらの典型的な京町家の佇まいです。
屋内は、表通りに面した店舗部分と奥の居室部分に分かれた表屋造りの構造。市内最大規模の町家として、江戸以来の大店の構えを伝える典型的な京の商家の構造。その風情は、150年を経てなお今もあふれるようです。

杉本家住宅は、祇園祭の際、伯牙山(はくがやま)のお飾り場になります。

建物だけではなく、お庭も楽しみのひとつです。座敷庭や路地庭をはじめ、建物内外の庭が「京町家の庭」として国の名勝に指定されています。

さて、さっそく中に入りましょう。
杉本家住宅は、建物そのものが国指定重要文化財です。文化財保護の観点から、建物に上がる際は、靴下を履くのを忘れずに。
※素足やパンスト(女性の方)ではお入りいただけません。靴下をご着用ください。

目を奪われる壮麗さ
「源氏枠御殿 有職雛」

受付で検温とアルコール消毒をすませたら、前期展示のメインである「源氏枠御殿 有職雛」に会いに中の間へ。
「源氏枠」とは、吹き抜けの御殿仕様のこと。源氏物語の絵巻に描かれた屋内の描写に屋根や天井がなく、上から眺めた構図になっていることに由来するそうです。組み立て式になっていて、飾り付けのたびに、ひとつひとつのパーツを組み合わせて御殿を組み上げていきます。

人形は宮中での正装の姿を模していて、お雛さまは十二単、お内裏さまは束帯(そくたい)です。

そういえば、よく目にする雛飾りは、お内裏さまが向かって左、お雛さまが右側に座っています。こちらの雛飾りはお人形の位置が逆。どういうことなのでしょう。

もともと日本の都づくりは大陸にならっており、「天子は南面して座す」という習わしも中国に由来して取り入れられました。そして天子に向かって右側が上座とされます。
そうした、かつての御所のしきたりや習わしを踏襲して写し取っていくのが、有職形式なのだそう。だから有職雛はお内裏さまが向かって右、お雛さまは左側に座ります。

明治維新のあと、西洋に並ぶためにそのスタイルが取り入れられるようになり、それにつれて上座の位置も変わっていきました。雛人形の飾り方も、そうして変化していったのでしょう。有職という様式に、御所をいただく京都ならではの矜持を感じます。

女の子が生まれるたびに
増えていった人形たち

「源氏枠御殿 有職雛」は、当代の曾祖母が名古屋から嫁いできたときに、嫁入り道具のひとつとして誂えられたものです。このとき誂えられたのは、源氏枠飾りと、お内裏さま、お雛さま、それに左右の大臣と左近の桜、右近の橘の一揃え。その後、女の子が誕生した際にもお内裏さまとお雛さまを新たに誂えることはなく、市松人形や座り人形などそのほかの人形たちを増やしていったのだといいます。

私たちが知っている三人官女がいる場所に飾られているのは、犬の狆(ちん)を連れた官女。これは「狆曳き官女」といって、宮家や公家の姫君たちの遊び相手であった狆の世話をする官女の人形で、大正から昭和の一時期に流行したそうです。

雛飾りというとお内裏さまとお雛さまばかりに注目してしまいますが、杉本家伝来の人形たちからは、その折々の時代背景や暮らしのエピソードが伝わってくるようです。

宮中の姫君の持ち物だった? 
有職雛

座敷の床の間には、一対の有職雛が飾られています。こちらは源氏枠御殿の人形よりも古く、江戸時代後期のものと伝えられています。よく見ると、源氏枠御殿の人形より質素な装束のようです。

こちらのお内裏さまが身につけているのは直衣(のうし)、お雛さまは袿(うちぎ)。宮中での平常着だった装束の決まりごとを忠実に守った衣装です。
仰々しさのない、しっとりとした落ち着きを感じます。

この雛人形には、菊の御紋の染付け碗が揃っています。宮中の衣装がそのまま再現されていること、道具類にも華美な装飾が見られないことなどから、もとは宮家か公家階級の姫君の持ち物だったのではないかとされているそう。
ここにも旧家ならではの歴史ものがたりが秘められています。

座敷には、ほかにも細々としたまめ人形が飾られています。当代の祖母が好んで集めた小さな人形たちも愛らしくて、心浮き立つ春の気配をさりげなく運んでくれるようです。

まめ人形の前に供されているのは、緑・白・緑の3段重ねの菱餅。
江戸時代の頃は、菱の実で作った白い餅とヨモギで色づけした緑の餅を重ねていたそうで、現在見られる薄紅・白・緑の菱餅は明治時代に入ってから生まれたものなのだとか。

菱餅にも古いスタイルがあったことを知りました。

「歳中覚」に見る日々の
暮らしの決まりごと

座敷には資料も展示されていて、その中のひとつに「歳中覚(さいちゅうおぼえ)」(複製)がありました。※写真は、本物の「歳中覚」です。特別に撮影させていただきました。

「歳中覚」というのは、年中行事のしつらえや献立、祭礼や法事のしきたりや習わし、それに日常の決まりごとなどが書かれたもの。杉本家の暮らしの覚え書きです。

その「上巳節句」の項には「蔵の窓、風窓を残らず開け、火鉢をしまう」よう指示されています。3月3日の上巳の節句をもって、季節が変わる。火鉢など冬のものは3月2日まで。この日からは春、というわけです。

現代の新暦だと3月3日はまだ寒く、とても暖房器具を片づけることはできません。今から10年前までは旧暦3月3日頃にあたる3月末から4月半ばにかけて雛飾り展を開催していましたが、今は現暦のカレンダー通り、3月に催しています。
まだ底冷えが残ってはいても、障子に映る木漏れ日と、障子越しに届く春の明るさ、その中に飾られる雛飾りが、この家に春を運んできます。

季節の行事は暮らしの行事でもある、という当たり前のことを、杉本家住宅の雛飾りを眺めていると思い出しました。

庭を眺めて春の訪れを感じる

杉本家住宅を訪れたのは、春本番には少し早い小雨の降る日でした。
雛人形が湿気を嫌うだけでなく、この時季は晴れていても黄砂などが舞うことから、人形や道具類を保護するため、庭に面した障子は開放されません。

 庭を背景に雛飾りを・・・というわけにはいきませんが、路地庭や座敷庭は所定の位置から鑑賞することができます。
雛飾りでは昔からの京の商家の暮らしの一端を、名勝「杉本氏庭園」ではゆったりとした京の春の訪れを、存分に味わうことができたように思います。

同じように古くから伝承された雛飾りであっても、博物館や美術館に展示されるのと、実際の暮らしの中で飾られるのとでは、やはり受け止め方が変わります。
ちなみに「歳中覚」には、雛飾りの飾り付け方は書かれていないそうです。
そこに暮らす家族が、去年を、一昨年を、思い出して飾る雛飾りです。うっかり間違って飾ってしまっても、だからこそそこに暮らしの息づかいを感じます。

幕末の大火を生き延びた土蔵、築後150年を経た主屋、そうした建物があってこそ生活の文化が伝承される。京の暮らしの文化は、建物という外箱とともに残っていくのだということを心に刻んだひとときでした。

杉本家10代目当主
杉本節子さまより

はじめまして。奈良屋記念杉本家保存会の事務局長をしている杉本節子と申します。
私たちは、国の重要文化財に指定されている京町家「杉本家住宅」の維持・保存に取組んでいます。また、江戸時代に書かれた暮らしの備忘録「歳中覚」にある通り、座敷を中心とした部屋で、代々受け継ぐ正月、桃の節句、端午の節句、祇園祭屏風飾りなどの「ハレの年中行事」と「京商人の伝統的な暮らし・食文化」を守り、紹介しています。

この京町家「杉本家住宅」は築151年を迎えますが、主屋の大屋根は傷みが進み、建物を維持するために野地板と瓦の葺き替え(約15,000枚)の全面修理などを今秋から実施予定です。総工費は約2億円で、国庫補助を想定しつつもあと約4,000万円の不足が見込まれます。伝統的な京都の暮らしの無形文化を残すためには、有形の町家建築が欠かせません。京町衆の文化を守りたい、そして多くの方へ伝えたい!と思い、この度、クラウドファンディングに挑戦することになりました。

杉本家保存会は90%の減収にみまわれる中、さらに主屋の大屋根の全面葺き替え、西塀修理、耐震補強工事などで約4000万円が見込まれ、その負担を迫られています。ぜひ、このクラウドファンディングによるご支援、ご協力をお願いできませんでしょうか。集まった資金は大屋根の瓦の費用に充て、ご支援をいただいたみなさまの思いを大切に、京町家を次の時代へ伝えてまいります。詳しくは、「THE KYOTO」の公式ホームページをご覧くださいませ。どうぞよろしくお願いいたします。

◆THE KYOTO公式ホームページ
【寄付型】次の150年へ、重要文化財「杉本家住宅」の大屋根瓦15000枚を葺き替えたい
https://the-kyoto.en-jine.com/projects/sugimotoke

(掲載日:2021年3月18日 取材:ENJOY KYOTO

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