長岡天満宮 令和8年干支のジャンボ絵馬&江戸時代の大絵馬@長岡京

菅原道真公が御生前に在原業平らと共に、しばしば遊んで詩歌管弦を楽しまれた縁深い場所「長岡」に鎮座する長岡天満宮は、学問の神様として篤い信仰を集めています。
令和8年の干支である「午」にちなみ、境内の2か所に白馬を描いたジャンボ絵馬を掲出しています。
また、白梅殿内には江戸時代に奉納された、大絵馬が掲出されています。

江戸時代奉納の大絵馬

江戸時代に奉納された大絵馬は、白梅殿(絵馬殿)に掲出されています。
躍動感あふれる大絵馬は、旧絵馬堂に残されていた28点の絵馬の一部です。
長岡天満宮の御祭神である菅原道真公は梅をこよなく愛され、邸宅は紅梅殿・白梅殿と呼ばれていました。
その名を冠した紅梅殿と白梅殿が境内にを設けました。うち白梅殿は絵馬を掲出する絵馬殿として使われています。

干支のジャンボ大絵馬

令和8年(2026年)の干支の「午」を描いたジャンボ絵馬は境内の2か所に掲出されてます。
ひとつは、長岡天満宮の入り口正面にそびえる大鳥居の手前です。
この大鳥居は総御影石製で、平成14年の菅公御神忌1100年大萬燈祭を奉賛して平成10年(2002年)10月に奉納されたもので、総高9.75m、笠木12m、総重量50トンにもの大きさです。
もうひとつは、三の鳥居をくぐった、階段の右手です。すぐ先には、左右6m、天地5m、北山丸太の柱、銅板葺きの屋根で50丁の飾樽が奉献できる奉献舎があり、京都を始め全国の有名な酒造会社の銘酒樽が奉納されています。
ジャンボ絵馬の原画は、日本画家である岡村倫行(おかむらりんこう)氏によるもの。
岡村氏は、京都市生まれで京都市立日吉ヶ丘高等学校(現:京都市立美術工芸高等学校)美術コース日本画課程卒業。
卒業後は青塔社に入塾。池田遙邨(いけだようそん)氏に師事。
第36回京都府文化賞 功労賞を受賞。日展会員、青塔社会員で京都教育大学名誉教授として後進の指導にあたっています。

天神様のお使い 御神牛



天満宮で神様のお使いと言えば「御神牛(ごしんぎゅう)」です。
菅原道真公と牛とのご縁や伝説はたくさんありますが主なものは以下の通りです。
・道真公は丑年生まれで、丑年の2月25日に逝去された。
・大宰府への赴任途中、牛の鳴き声で刺客から逃れることができた。
・道真公の遺言で、遺骸を運んだ牛が動かなくなった場所を墓所(後の太宰府天満宮)とした。
天満宮の御神牛は、頭を撫でると知恵を授かり、体の悪いところを撫でると病気が治るという「撫で牛」信仰で親しまれています。
境内の白梅殿の入口には『御神牛』が描かれた大絵馬が掲出されています。

長岡天満宮ご由緒

長岡の地は菅原道真公が御生前に在原業平らと共に、 しばしば遊んで詩歌管弦を楽しまれた縁深い場所。
菅原道真公が太宰府へ左遷された時、この地にお立ち寄りになり「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しまれた縁故によって、公御自作の木像をお祀りしたのが長岡天満宮はじまりです。
創建の年月は不明ですが、応仁の乱で兵火に罹り社殿が消失し、室町時代の明応7年(1498年)に再建したとの記録が残っています。
皇室の崇敬が篤く、度々の御寄進御造営をうけ、江戸時代の寛永15年(1638年)には八条宮智忠親王によって「八条ヶ池」が築造されました。
堤の両側には、樹齢百数十年のキリシマツツジが多数植えられており、その見事さは我が国随一とも言われ、まるで「真紅の壁」が聳え立つかのようです。
現在の御社殿(御本殿、祝詞舎、透塀)は、昭和16年(1941年)に京都の平安神宮の御社殿を拝領移築したものです。
正面朱塗りの拝殿は既存の拝殿を増改築し、平成10年(1998年)秋に竣工。
平成23年(2011年)に御本殿が、京都府の登録有形文化財に指定されました。
また、平成24年には、祝詞舎(弊殿)、透塀、手水舎(旧幣殿)等が長岡京市の登録文化財にそれぞれ指定されました。

(情報提供:とっておきの京都プロジェクト事務局)

エリア名長岡京
スポット名長岡天満宮
所在地京都府長岡京市天神2-15-13
アクセス阪急京都線長岡天神駅西口より徒歩10分、 JR京都線長岡京駅より徒歩20分
※長岡天神駅、長岡京駅の両駅から長岡天満宮前を経由する路線バスもあります
拝観料境内自由
TEL075-951-1025
URLhttps://nagaokatenmangu.or.jp/
Instagramhttps://www.instagram.com/nagaokatenmangu/